法科大学院に関する批判的意見・現状告発記事を収集するブログ
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法科大学院は 「法を学ぶ場所」 としては効率が悪い!
【引用元】
中山研一の刑法学ブログ

反響に驚いています
http://knakayam.exblog.jp/3103321/

 米倉教授の文章を読んでブログに書きましたら、あちこちから反響があって、いささか驚いています。それぞれの立場からの発言を読みますと、いずれにもそれなりの理由があると感じました。私自身は一人の刑法研究者として、長年にわたって参加してきている月例「研究会」の出席者が少なくなりつつある現状を憂慮し、その原因のひとつとして、法科大学院の教員の仕事の忙しさがあるのではないかと思ったのです。 したがって、法科大學院の教員が今の「教育」の仕事を犠牲にして「研究」に重点を移せなどと主張するものでは決してありません。

 ただし、大學の教員である限り、教育と研究のいずれも大事にすべきであって、そのバランスと相互促進の効果をいかに維持していくべきかという重い課題は残っています。かつての古き良き大學では、教育面の負担が相対的に軽く、研究面への関心と時間的余裕に恵まれていたのですが、最近はこの関係が明らかに変化し、両者のバランスを維持することが次第に困難になってきているということができます。そして、法科大学院では、この矛盾がもっとも著しく現われているように思われるのです。

 「法科大学院」の性格については議論のあるところですが、それが実務家養成試験のための予備校といったものでない限りは、実務家教員とは異なる研究者教員の役割があるはずで、研究者としての資質と力量が「教育」面に反映されることが期待されているというべきでしょう。そして、法科大学院の教員にそのようなプラスアルファを期待するのであれば、それに相応しい保障のもとで、いっそうの研鑽が要請されるということになるでしょう。

 ただし、それ以前に、法科大学院の学生の希望と努力が報われるような未来図が描ききれないところに、根本的な制度的問題があることはいうまでもありません。


【引用元】
新司法試験・独学の独白

中山先生のブログから
http://blog.livedoor.jp/pocket6/archives/50250223.html

 中山先生の「刑法学ブログ」に、「反響に驚いています」という記事が掲載されました。大学を離れられたとはいえ、全国の法科大学院生がお名前を存じ上げているわけですから、そのご発言の影響は計り知れないものがあると思いました。今回の記事について特に反論はないのですが、最後の文から感じることがあったので、まとまりがないのですが、少し書いてみたいと思います。

>ただし、それ以前に、法科大学院の学生の希望と努力が報われるような未来図が描ききれないところに、根本的な制度的問題があることはいうまでもありません。

 「根本的な制度的問題」が何を指しているかは明らかではないですが、新司法試験の合格者数と法科大学院生の在籍者数の乖離をさしているのであれば、それはもう大きく問題視するほどのことではないと思います。「卒業生の8割が新司法試験合格」というキャッチフレーズのもと、学生を募集したのは1期生だけであり、2期生以降は乖離が当然のものとして入学しています。

 もちろん、言いだしっぺは8割合格の公約を実現すべく頑張っていただきたいものですが(私は1期生ですから、その方々を嘘つき呼ばわりする資格があると思います)、少なくとも私の新司法試験受験時には間に合わないでしょう。だから、どうでもいいです。

 それよりも、「根本的な制度的問題」に感じるのは、法科大学院では、思ったよりも法学の学力が伸びないように感じることです。まだ新司法試験を受験していない段階では断定できませんが、学校の言うとおりに勉強していても、とても自分に、その勉強に見合った学力がついているとは思えないのです。(会社で仕事を覚えたときの経験・感覚と比較した自分自身のイメージですが。)だから、皆そうだとは言えませんが、授業中の発言などを聞いていると、4月とあまり変わらないレベルの話をしている人が多いです。(あくまでも印象だけかもしれませんが。)

 また一方で、既修組の中で比較すると、「成績が良い人」は、現行試験の択一合格者とか予備校に何年も通っていた人です。法科大学院に入ってから、法律の学習歴が浅い人が序列をひっくり返すのは、かなり難しいようです。ということは、法科大学院での成績は入学前に決まっているとまで、言えるような気がします。

 現時点で私が疑っているのは、法科大学院は、法学の教え方が上手くないのでは、または、学生に学ばせるポイントがずれているんじゃないのか、といったことです。研究者教員が実務科目を教えられるのか、という各論は置いておいて、全体的に「法を学ぶ場所」としては効率が悪いのではないかという感じがします。

 カリキュラムしかり、授業内容しかり、成績評価しかり。すべてに統一感がなく、担当教員の裁量の幅が広すぎます。そして、学生の学力向上要因を法的センスの保有とあくまで時間換算の勉強時間でしか説明しない、分析力のなさも気になります。だからといって、予備校がいいかというと、ポイントを絞り込むことから来る「視野の狭さ」が、あまり好きにはなれないのですが。

 もっと、法科大学院にふさわしい教育方法(=2年ないし3年で新司法試験に合格する学力をつける最適な学習法)が研究されてもいいように思います。たまにシンポジウムの話題を聞きますが、皆さん言いっぱなしで、その提言を各法科大学院に展開したという事例を、あまり聞きません。

2005/11/24(木) 00:13:35| 法科大学院生のブログ| トラックバック(-) コメント(-)